【豊臣兄弟!】迫る最期…蜂須賀正勝(高橋努)の没後なんと幕末・明治まで繋いだ“蜂須賀一族”を一挙紹介 (2/16ページ)

Japaaan

正勝の嫡男で、はじめ織田信長(小栗旬)に仕えて武功を立て、後に羽柴秀吉(池松壮亮)の下でも戦歴を重ねました。

天正13年(1585年)の四国攻めによって父から阿波一国を譲られ、徳島藩の基礎を築き上げます。

秀吉死後は徳川家康(松下洸平)に接近して関ヶ原・大坂の陣で忠義を貫き、豊臣家の滅亡を見届けることになりました。

やがて急死してしまった至鎮に代わり幼い忠英を補佐し、天寿をまっとうします。享年82歳。

正勝の孫・蜂須賀至鎮(よししげ)

蜂須賀至鎮(画像:Wikipedia)

天正14年(1586年)生~天和6年(1620年)没

阿波徳島藩の初代藩主。

家政の嫡男で、関ヶ原の合戦では父の代わりに出陣して武功を立てました。また大坂の陣でも武功を立て、淡路国を加増されています。

父譲りの名君として知られ、分国法である御壁書二十三箇条を定めて国内統治を磐石のものとしました。

しかし病弱であったため、35歳の若さで父より先立ってしまいます。

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