福岡「博多座」がもたらす文化の息吹——“場”があるからこそ、新たな風物詩は生まれる (3/4ページ)
先ほどの「船乗り込み」は5月30日に行われ、襲名披露を迎える二人に加えて、市川団十郎など出演役者が顔を揃えて、船に乗り込みました。川沿いに集まった多くの人が、新しい菊五郎と菊之助の誕生を祝福しました。(参照: 博多座)
博多座では、開場以来、その時々の歌舞伎の話題作の上演はもちろん、平成12(2000)年の十五代目片岡仁左衛門を皮切りに、十代目坂東三津五郎、十一代目市川海老蔵、四代目坂田藤十郎、十八代目中村勘三郎、十三代目市川團十郎、十代目松本幸四郎…と、幾多の襲名披露が行われてきました。
博多座の存在がなければ、襲名披露が九州の地で行われることはなかったわけです。
襲名披露という華やかな祝祭行事が九州でも行われることは、新しい歌舞伎俳優の名前が全国的に広がることを意味します。それが歌舞伎や芝居文化の浸透にもつながっていくのです。
それ以上に、襲名披露があることによって、先ほどの「船乗り込み」などの新しいイベントが企画されます。これが続いていけば、文字通り、街の風物詩にもなります。
興行を受け入れる「場」があってこそ、風物詩が生まれる土壌が生まれる。ひとつの劇場が街に文化を生み出していく、博多座はこの事実を証明する象徴のような存在なのです。