『ブラッサム』強烈モラハラの父(渡部篤郎)と優しい継母(国仲涼子)…史実もドラマ越えの壮絶さだった!? (6/8ページ)

Japaaan

街中をで爆走する葉野清治(渡部篤郎)(NHK「ブラッサム」公式「x」より)

優しい継母とは生涯の続く仲に

俊次は、1913年(大正2年)、千代16歳の時に57歳で病没。

家の中で息を潜めるように暮らしていた妻も子も、父の支配から解放されました。

近所の人は「これからはお気楽になれますよ」とひそかに喜んでくれたそいいます。(『生きていく私』)

そんな父に対し、愛情深く優しい継母の葉野リョウのモデルとされているのは、宇野千代の実の継母・宇野リュウ(旧姓・佐伯リュウ)です。

リュウは、明治 33年(1900)頃、千代の父・宇野俊次45歳と17歳で再婚。千代とは約12〜14歳差でした。

俊次との間に千代の異母弟妹4男1女(薫・鴻・勝子・光雄・文雄)を出産しています。

けれども、実子よりも千代を最優先して大切に扱っていたとか。ドラマの中では、「珠さま」と「さま」を付けて呼んでいましたね。

リュウは、千代とは生涯を通じて仲良く心から支え合ったそうです。

こんな心根の優しい女性がなぜ、横暴で親ほど離れた年齢で、放蕩親父の俊次と再婚したのか?

出会いや結婚までの経緯がわかる史料などはないようです。ドラマでは、そのきっかけとなるようなエピソードは描かれるのでしょうか。

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