朝ドラ『ブラッサム』秘書・藤川優子(松たか子)のモデルは?宇野千代を長年支えた「あっちゃん」との深い絆 (5/7ページ)
千代が「淳(あ)っちゃん」と呼びかけ、誰よりも頼りにしていたのは元秘書の藤江淳子である。千代の生涯で藤江の名を欠かすわけにはいかない。藤江は昭和33年(1958)、北原武夫の縁で千代のもとへ来た。千代と北原が正式に離婚する数年前のことであり、千代が苦難の時期であった。(引用:宇野千代のこと 宇野千代の人生と文学「NPO宇野千代生家」)
宇野千代と藤江淳子の出会いの縁を結んだ北原武夫は、明治40年(1907)生まれ。
昭和8年(1933)宇野千代と知り合い、昭和11年に千代と共に日本最初のファッション雑誌『スタイル』を創刊。昭和14年に千代と結婚するも、昭和39年に離婚しました。
その北原との縁で、離婚する前に千代のもとに来たという藤江淳子は、昭和4年(1929)宮城県生まれ。昭和35年(1960)から約36年間宇野千代とともに暮らし、公私に渡って支え続けたそうです。
藤江は宇野千代の葬儀で喪主を務め、現在、千代の衣鉢を継いで「宇野千代文学」や「宇野千代ブランド」を守り立てている。