縄文時代の怪奇な呪術世界――「頭部のない人骨」と壊された土偶が語る“生贄”の謎 (3/4ページ)
ほかの地域の土偶や土面にも小さな穴が開けられていることから、穴はこうした呪術のために施されたと推測できそうです。
縄文時代の土偶祭祀と葬送縄文時代初期の土偶にはもともと頭部がなく、時代が進むと顔らしきものが作られ、やがて目鼻口が表現されるようになりました。その多くの顔がデフォルメされた表現であり、それは「人間」ではない「何者か」であることを区別するためだったとも言われています。
それらが完全な形で見つかることはほとんどなく、中には目をつぶされたり、腕をもぎ取られたりと、意図的に破壊されています。その行為は、子孫繁栄や豊穣などを祈る祭祀で行われたと考えられていますが、当然ながらはっきりとした理由は分かっていません。
また、時代が進むと葬送のあり方も複雑化する傾向にありました。埋葬場所や遺体の向き、副葬品など、同じ墓地にあっても葬られる人によって違いが見られるようになります。
階層化した社会が誕生していた?怪奇としか思えない埋葬や謎の土偶が作られたのは、縄文時代の晩期のことです。その頃の東北地方では「亀ヶ岡文化」と言われる縄文時代最大の文化が花開き、美しい土器、超絶技巧の漆塗製品などが数々生み出され、その影響は広く日本列島各地まで及びました。
それは、かつて平等だった社会の変化を表すものでもありました。
塩づくりや食料の加工技術の発達などにより、富を蓄える集落が現れたのです。