妻子を捨て『新撰組』へ…土方歳三の最期を見届けるも武士身分を剥奪された隊士・安富才助の生涯 (3/4ページ)
新政府軍に武士の身分を剥奪される

そして蝦夷地に渡った才助は新撰組を離脱し、蝦夷共和国政権の陸軍奉行並に就任した土方歳三の直臣となります。
明治2年(1869年)5月11日に土方歳三が戦死すると、その最期を見届け、隊士の立川主税(たちかわ ちから)に土方家に宛てた書状を託しました。
早き瀬に 力足らぬか 下り鮎
※書状に詠まれた土方への追悼句。
【句意】瀬の流れが速すぎて、下り鮎は力尽きてしまったのだろうか。
それから間もなく新政府軍に投降し、およそ1年にわたって身柄を抑留されたそうです。
翌明治3年(1870年)になって赦免され、兄の宮崎源之助に身柄を引き取られました。
しかし才助は武士の身分を剥奪され、生涯にわたり帯刀を許されなかったと言います。武士として生まれ育った才助にとって、耐えがたい屈辱だったことでしょう。
そして明治6年(1873年)5月28日に35歳の若さで世を去ったということです。
終わりに今回はキャリアと妻子を捨てて新撰組に身を投じ、土方歳三の最期を見届けた安富才助の生涯をたどってきました。
最後に武士の身分を奪われる屈辱を味わった才助は、土方と一緒に戦死できたらよかったと思ったのでしょうか。
新撰組には他にも個性的な隊士がたくさんいるので、また改めて紹介したいと思います。