妻子を捨て『新撰組』へ…土方歳三の最期を見届けるも武士身分を剥奪された隊士・安富才助の生涯 (1/4ページ)

Japaaan

妻子を捨て『新撰組』へ…土方歳三の最期を見届けるも武士身分を剥奪された隊士・安富才助の生涯

幕末の京都を闊歩した新撰組は男所帯であり、命を惜しまぬよう女子供は遠ざけられました。

妻帯者は屯所から十里(約40キロ)以上離れた場所に住まわせることを義務づけたそうです。

また給与が乏しく経済状態がよくないため、そもそも妻子を養う余裕もなかったことでしょう。

それでも尽忠報国の志を胸に、新撰組へ飛び込む者は少なからずいたそうです。

今回はそんな一人・安富才助(やすとみ さいすけ)を紹介。果たして彼はどんな人物で、どんな生涯をたどったのでしょうか。

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公私ともに充実した文武両道の能吏

馬術の鍛錬に励む才助(イメージ)

安富才助は天保10年(1839年)、安富正之進(しょうのしん)の次男として誕生しました。才助(才輔・才介とも)とは通称で、諱(実名)を安富正儀(まさよし/まさのり)と言います。

安富家は備中国足守藩(岡山県岡山市)に仕えて12俵2人扶持の俸禄を食み、父は川場方・年貢収納役・勘定方を歴任する能吏だったそうです。

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