『豊臣兄弟!』秀長の長女・末(池端杏慈)と結婚するも17歳で急死…秀長の後継者・羽柴秀保の生涯【後編】 (1/5ページ)
羽柴与一郎(大西利空)を喪った後、羽柴秀長(仲野太賀)は自身の後継者として羽柴秀保(はしば ひでやす。豊臣秀保)を養子に迎えました。
まだ10代の若さで豊臣一門の筆頭格として、養父に恥じぬ活躍を重ねました。
その後、秀保はどんな生涯を駆け抜けるのでしょうか。
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【豊臣兄弟!】13歳で末姫(池端杏慈)と祝言?秀長の後継者となった「羽柴秀保」の生涯【前編】 文禄の役では家臣を派遣
天正18年(1590年)に小田原北条氏を滅ぼして天下一統を果たした秀吉ですが、その野望は日本一国だけに留まりません。
文禄元年(1592年)から戦端が開かれた文禄の役(第一次朝鮮征伐)において、秀保らは作戦拠点となる名護屋城(佐賀県唐津市)の普請に注力しました。
そして1万5千の兵を率いてきましたが、自身が渡海することはなく、名護屋城下に滞陣して秀吉を補佐します。
