八咫烏、3本足ではなかった?東西の聖地・熊野と出羽三山を巡る「八咫烏の伝説」の謎 (4/4ページ)

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出羽三山の八咫烏

蜂子皇子

出羽三山神社と鏡池

 

羽黒山の登拝道

 

出羽三山神社の八咫烏像

 

羽黒山の八咫烏灯籠

山形の庄内地方に、有名な霊山の出羽三山があります。出羽三山は、「羽黒山・月山・湯殿山」から構成され、羽黒山は過去、月山は現在、湯殿山は未来を表すとされ、この順番で登拝すると、生まれ変われると言われています。

こちらの八咫烏伝説は、熊野の神武天皇伝説とよく似ていますが、主人公は蜂子皇子(はちこのおうじ)です。

蜂子皇子は飛鳥時代の崇峻天皇の第三皇子です。しかし父の崇峻天皇は592年、蘇我馬子によって殺害されてしまい、蜂子皇子も自分に危険が及ぶのを感じて都を逃れ、日本海側へ下ったと伝えられています。

皇子は船で、現在の山形県鶴岡市の由良の浜にたどり着きます。そこで神楽を舞う八人の乙女と出会い、乙女たちの導きによって三本足の八咫烏が現れます。

八咫烏は皇子を羽黒山の奥深い山中へ導きました。皇子は羽黒山の阿久谷(あこや)で修行し、のちに三山を開いたとされます。

羽黒山という名前は、皇子を導いた「烏の黒い羽」にちなみんで名付けられたとされています。

熊野の八咫烏も、羽黒山の八咫烏も、いずれも役目を終えた後は姿を消しており、特に記述はありません。自然の成り行きとして天界に戻ったのでは思われています。

ただ、八咫烏は地上に残り自然に溶け込み、我々を見守っていてくれているのかもしれませんね。

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