【ブラッサム】最速離婚した夫の弟が「2度目の夫」に!史実での再会と同棲、モデル・宇野千代が辿った波乱の愛 (7/8ページ)

Japaaan

けれども返事がなかったため、1922年(大正11年)4月、単身上京して瀧田に確認したところ、すでに『中央公論』5月号に掲載されていたことを知りました。

中央公論社から原稿料366円(現代に換算するとおよそ170万~200万円)を受け取り、岩国の実家に一度帰ったそうです。

そして岩国から北海道に戻る途中、千代は次の仕事の打ち合わせを兼ねて、東京の中央公論社に寄りました。

これが、千代と夫・忠の仲を引き裂いてしまうことになったとは……。

そこで、尾崎士郎と運命的な出会いがあったのです。

激情のような切実な想いにかられ、千代は士郎の宿泊先に皆とともに訪れそのまま夫・忠のもとには戻らなかったとか。(自伝では「帰らなかった」となっているも、実際は忠が上京し、千代と士郎と三人で話し合ったとも言われています)

大正13年(1924)4月、忠との協議離婚が成立し史郎と3度目の結婚。筆名を「宇野千代」と変え、作家として注目を浴びる存在へとなっていくのでした。

尾崎士郎と結婚していた時期(1926年 – 1930年)に撮られた宇野千代。 右は尾崎士郎。wiki

保との再会と二度目の結婚は

ドラマでは、婚家から逃げて行く珠の姿を見て、その決断力や行動力を好ましく思った様子の保。

そんな珠を大切しそうな誠実で優しそうな保。

妻の帰宅を待っていたのに、東京で新しい電撃的な恋をした珠に別れを告げられてしまうのかと想像すると胸が痛みます。

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