【豊臣兄弟!】なぜ茶々は「親の仇」秀吉の側室になった?史実では寧々との対立も創作、実は共闘していた (4/10ページ)
陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様 織田家の家紋である揚羽蝶の模様を、山鳥の羽毛を1本1本留めながら表した陣羽織。(文化遺産オンライン)
以来、妹たちのようには(特に江(西川愛莉)はなんのわだかまりもなく懐いている様子)秀吉に気は許せず、まったく歩み寄らない茶々でした。
けれども次女の初(玉牧そら)に、「殿下は父上を最後まで助けようとしてくれた。母が死んだ時に悲しい顔をしていた。悪い人とは思えない」と言われ、ふと以前の記憶が蘇りました。
秀吉の城に入ろうとしたときのこと。
母の形見の小刀を取り上げられそうになるも、「よい。『これ以上、何も奪うな』と殿のご意向じゃ」と黒田官兵衛(倉悠貴)が言っていた言葉を思い出したのでした。
さらに、通りすがりに秀吉が、“自分が守りたい人”として「茶々も」と自分の名を挙げたのも耳にします。
少しずつ秀吉の「よい部分」に触れ「もっと親しくするべきか」と、自問自答しつつある茶々の表情が何度か描かれていました。
寂しげな表情をみせた寧々が印象的茶々と秀吉との距離が縮まっていくのを匂わせた場面と相反していたのは、寧々の表情です。
秀吉には笑顔で「私も豊臣家の将来を案じてますもの」と、“賢く余裕のある正妻”らしく振る舞っていましたが。