『ブラッサム』珠が働く「悠楽軒」は本当にあった!わずか18日のバイトで芥川龍之介らと交差した運命の場所 (4/7ページ)
本郷の学生たちが通う食堂とは異なり、燕楽軒は文学者や編集者、大学関係者などが利用する格式あるレストランとして知られていました。

東京帝国大学。東京の本郷に位置しており、燕楽軒とは近い位置にあった。
文学者たちの社交場は、中央公論社が近くにあったから?燕楽軒が文学者たちから愛された理由の一つが、その立地条件でした。
店の近くには、当時の文壇に大きな影響力を持っていた出版社・中央公論社があったのです。
文芸雑誌『中央公論』の編集長として活躍していた滝田樗陰(たきた・ちょいん)も度々来店。店には樗陰だけでなく、芥川龍之介、菊池寛、久米正雄、佐藤春夫、今東光(こん とうこう)らが出入りしていました。
現代で言うならば、人気作家や編集者たちが打ち合わせのために集まるレストランという位置付けでしょう(もちろん、食事そのものも楽しみの一つだったことでしょう)。
しかし、燕楽軒の意義はそれだけではありません。
作家と編集者、あるいは文学者同士が顔を合わせることによって、新しい仕事や交流が生まれる可能性もあったのです。