【ブラッサム】保との別れ、そして再々婚…黒崎(遠藤憲一)モデル、名編集長・滝田樗陰が引き寄せる数奇な運命 (2/8ページ)
家計を支えるため、日本語教師・写真のモデル、出版社の事務員などの職を転々とし、高級洋食店『燕楽軒』で給仕のアルバイトを18日間行います。
『ブラッサム』で珠が東京で働く「悠楽軒」のモデル「燕楽軒」に関して、下記記事で詳しく紹介しています。
『ブラッサム』珠が働く「悠楽軒」は本当にあった!わずか18日のバイトで芥川龍之介らと交差した運命の場所この店は春日通を隔てたところに中央公論社があり、滝田樗陰が愛用していたそうです。
滝田樗陰(1882〜1925)は、秋田県生まれの雑誌編集者です。
東京帝国大学在学中に、『中央公論』で外国の新聞雑誌の翻訳アルバイトをして能力を認められて正式な編集者となり、大学を中退しました。
明治38年(1950)『中央公論』に文学欄を設置して部数を伸ばした功績から、大正元年(1912)に編集主幹となりました。
そして大物作家であった夏目漱石や森鴎外などを執筆陣に引き入れたそうです。
滝田は、黒塗りの人力車で作家の自宅を駆け回ったので、「家の前に樗陰の車が止まると、一流作家の仲間入りができる」というジンクスまで生まれたとか。
どんなにいい文章を書いても、それを本として世に出してくれる優れた編集者がいなければ、誰の目にも止まりません。
アルバイトの先レストランで、ジンクスまで生まれる有名な編集者と出会えた宇野千代。強運を引き寄せる力を持っている人だったのでしょう。
