【ブラッサム】保との別れ、そして再々婚…黒崎(遠藤憲一)モデル、名編集長・滝田樗陰が引き寄せる数奇な運命 (7/8ページ)
(秋田県立 秋田高等学校 同窓会)
また、中央公論社・回顧50年に「滝田樗陰の登場」では、
「樗陰氏の編集者としての卓抜な才能を数うれば、一にして足らないが、まず氏は、公平にして鋭敏なる「時の人」に対する選択眼を具していた。学閥の弊なお盛んなる時、その本城赤門に学びながらも、氏には少しもその臭味がなかった。」
「かれは天性の素質と燃ゆるがごとき熱とでもって、当る者を焼き尽さずんば止まなかった。」
中央公論社・回顧50年に「滝田樗陰の登場」
と、多くの文人を輩出し傑作を生み出し、『中央公論』を文壇の登竜門とよばれるようにした滝田樗陰の功績を記しています。
名編集者・滝田樗陰が発掘した宇野千代。
たまたま自分が紹介した尾崎士郎と千代が三度目の結婚と離婚し激動の人生を歩みつつ、日本を代表する女性作家へと羽ばたいていくことを知ったら、どんなふうに思ったでしょう。
宇野千代「尾崎士郎と結婚していた時期(1926年 – 1930年)に撮られた写真」 wiki
最後にドラマでは、滝田樗陰をモデルにしたと推測されるのが、日本屈指の文芸雑誌「首都公論」を率いる編集長・黒崎大三郎(遠藤憲一)です。
遠藤憲一さんのコメントには
黒崎はよく食いよく笑い、一見生き急いでいるような雑な人間に見えます。