【豊臣兄弟!】あさひ急死の裏で強行…秀吉が徳川へ送った「第二の身代わり」6歳の幼子・小姫の儚い生涯 (2/6ページ)
ただ人質でいるよりも、グイグイ攻めていきたいあさひ。楽しそうで何よりである。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
小姫は天正13年(1585年)または天正14年(1586年)に織田信雄(山脇辰哉)の娘として誕生しました。
天正15年(1587年)に九州平定から凱旋した秀吉が大坂城で盛大な宴を催した際に、信雄から養女にしたと考えられています。
どうせ秀吉のことですから、織田家の血筋を家系に入れたいからと半強制的に召し上げたのが実態でしょう。
自分の養女とした上で他家へ嫁がせる先は徳川家、その相手は徳川長丸(ちょうまる)すなわち家康嫡男の徳川秀忠(ひでただ)でした。
そうと決まれば話は早い。かくして天正18年(1590年)1月21日、当時5~6歳だった小姫は、当時12歳の長丸と京都の聚楽第で祝言を挙げました。
ちなみに1月14日にはあさひが世を去っていますが、秀吉はその死を式が終わる23日まで秘匿しています。
「出戻りのあさひなど知ったことか。
