尼僧姿で体を売った女性たち…江戸の闇「売比丘尼(うりびくに)」とは?禁忌に群がった男たちと最期 (1/5ページ)
権力から遊びへ
江戸時代には、夜鷹や湯女、旅籠の飯盛り女など、さまざまな売春婦が存在していました。その中でもひときわ異質なのが、尼僧の姿をした売比丘尼(うりびくに)です。
本来の比丘尼は、仏法を説く女性の宗教者です。しかし江戸時代には、宗教活動をせず売春を仕事とする売比丘尼もいたのです。
なぜそんなタイプの売春婦が出現したのかというと、おそらく当時の寺と僧侶の在り方が大きく関係しています。
江戸時代の寺院は強い権力を与えられていました。徳川家は天台宗の寛永寺や浄土宗の増上寺を菩提寺とし、寺領は二万石の大名に匹敵するほどでした。
また、各大名も郷里と江戸に菩提寺を持っていたため、寺院は大きな経済力を持つようになります。
しかも寺院や僧侶は町奉行ではなく寺社奉行の管轄に置かれ、一般人とは異なる扱いを受けていました。
寛永十五年(1638)に島原の乱が終わると、幕府は切支丹の取り締まりを強めました。かわりに宗門人別帳への登録などが教化され、これにより寺院は人々の旅や奉公、縁組にも関係する存在となったのです。
こうして寺院の経済力と社会的な権限が強まれば、僧侶の生活にも余裕が生まれます。そうなると人間は遊びたくなるものです。