尖閣諸島紛争から2年...国有化の裏に何があったのか:後編 (2/2ページ)
そして最終的には希望価格から1000万円引いた20億5000万円という売却額でK氏と国が合意したというわけです」
6月末時点である程度は勝負あったということなのに、石原氏は尖閣諸島に緊急避難港などを作って実効支配を強化したい、という強い思いもあって、がんばり通したということらしい。
H氏は続ける。
「最終的に国に売ることが決まったとき、石原氏は『しょうがない』という思いと『最初とずいぶん話が違う』という思いを半分ずつ抱きました。私たちにしても、K氏がボロ儲けしたというイメージが強く残りました」
そう言って悔しさをあらわにした。この発言からわかるのは、国有化が決定したとき、石原氏は、K氏の裏切りに対し、怒りがおさまらなかった、ということだ。結果的に、石原氏はK氏に一杯食わされた形になった。
石原氏とK氏は2010年以後、山東昭子議員を仲介して急接近、購入の話が内々で決まった。それを受けて石原氏が尖閣購入をぶちあげたわけだが、そもそも地主のK氏が売ろうとしたのはなぜか。
尖閣を購入したいという石原氏の強い意志にほだされたとか、「高齢だしそろそろ手放してもいいか」とK氏が思ったとか、諸説はあるが決定的な理由とはならない。では尖閣売却を思い立った一番の理由は何か。それは彼の自宅関連の登記簿にあらわになっていた。
大地主であるK氏だけに埼玉県以外に静岡や沖縄とあちこちに土地を持っている。しかし2010年ごろの資産状況は散々で、合計で約40億円が抵当に入っていた。その担保として、大宮近辺を中心とした48もの物件を抵当に入れている有様。その中には1000平米の敷地を持つ自宅の土地すらも入っていて、K氏はそのときお金がまったくない、首の回らない状況だったことが見て取れる。
ところが2013年時点でそれら数十億単位の抵当が全て消えていたのである。20億5000万円によって、借金をきれいさっぱり完済し終えたようなのだ。
つまりこういうことではないか。K氏は自らの借金を帳消しするために島の売却話を石原氏に持ちかけた、と。しかしそこに割りこんできた国の方が高く買ってくれることがわかったので、揺れながらも、そちらに売った、と。したたかというしかない。
一方、東京都に寄せられた募金約14億円は返還もされず、今も宙に浮いている。
Written by 西牟田靖