大石まどか 演歌界のアイドル「演ドル」のスタートは水着デビューから (5/6ページ)

日刊大衆

事実、酒井法子、中嶋美智代、桜井幸子、大和さくら……といったタレントも新人の頃は皆、下宿組。もれなく大石もその伝統を受け継いだかけだが、実は彼女が最後の下宿組だったという。

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お世話になったサンミュージック、故・相澤会長と(2012年)



それ以後のアーティストはほとんど、下宿を経験していない。つまり、タレントの変革期で「古き良きサンミュージック」の売り出し方をしたのは、大石までだったと言ってもいいだろう。
「初めてのアーティスト写真撮影は大失敗でした。1年間、芸能界で修行をしたといっても素人と一緒。カメラに向かって表情を作ることができなかったのです。あとから見たらホントに“ダサっ”という写真。私自身がウンザリしました。しかも当時のサンミュージックは新人には必ず水着を着させていたという時代。のりピーも中嶋みっちゃんも桜井さっちゃんも皆、水着を経験している。自分だけ水着撮影を避けては通れない。それでもまさか私にまでその“おハチ”が回ってくるとは考えもしませんでした」
サンミュージックでは水着撮影は「定番」とはいえ、大石は演歌歌手。大石の頭には「水着」の文字はなかったという。
「あとになって気づいたのですが、(私が)最初に所属したレコード会社は『東芝EMI(現・EMIミュージック・ジャパン)』。ここは演歌といえども水着のプロモーションを積極的に行っていたのです。私の少し前にデビューした坂本冬美さんも水着になっています。私はスタイルに自信がなかったのですがサンミュージックと東芝が“インパクトを”ということで私の水着が即決。私としては水着に抵抗がありましたが、まあ、それは大人の事情で却下され、水着デビューとなったのです」
こうして演歌界のアイドル、略して「演ドル」として颯爽と登場。デビューに合わせスポーツ紙、週刊誌で水着姿をお披露目したのだ。さらに当時は「写真集ブーム」。中堅出版社(当時)からは「セクシー写真集」のオファーまであったという。
「水着はデビュー企画のみで終わりました。
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