【三沢光晴をめぐる証言vol.5】高山善廣インタビュー (2/5ページ)

日刊大衆

でも、馬場さんという“天皇”が崩御されたことで、三沢さんが完全なトップには立ったけれど、いろんなバランスが崩れてしまったわけですよね?

髙山 そうだね。当時、会社の上層部内でいろんなゴタゴタがあったんで、三沢さんも、しんどそうだったよね。

──髙山さんもそういう状況がよくわかるくらいだったんですか?

髙山 なんとなくだけどね。ゴタゴタしてるのはわかったんで、三沢さんもこのまま続けていくのはしんどいだろうなっていうのは、わかっていた。

──では、団体が割れることになる予感はありましたか?

髙山 どうなっちゃうのかっていうのは、予想もしなかったし、予感もなかったんだけど、ただ、大変そうだなって思ってたね。

──そして、ある日、三沢さんから新団体参加についてのお誘いが来るわけですか。

髙山 そう、急に普通の巡業中に言われたんだよ。当時の全日本は日本人選手用のバスと外国人用バス、その他に三沢さんが乗ってる社長バスっていうのがあって、俺は当時ノー・フィアーとして活動してたんで、他の日本人とは別行動で、社長バスで移動してたの。それでも、ホテルはみんな一緒のことが多かったんだけど、その日は社長バスだけが違う旅館に泊まってね。そのときは、「まあ、部屋数の関係もあるだろうから、そういうこともたまにはあるかな」って思ってただけなんだけど。夜、旅館だから一緒にメシを食ってたら、突然、三沢さんが「全日本を出て、新しいところでやっていくつもりなんだけど。髙山選手も来てくれないか?」って言ってきたの。

──そのとき、髙山さんは二つ返事ですか?

髙山 うん。当時の俺は、団体うんぬんじゃなくて、「三沢さんと闘いたい」っていう気持ちが強かったから、三沢さんが行くなら行くって。

──「三沢さんと闘いたい」っていうのは、どんな理由からですか?

髙山 全日本では、最初、川田利明を追いかけてきて、それが一区切りついたあと、小橋健太と闘うことにやる気になってて。後半になると三沢さんと絡み出すようになったの。

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