【三沢光晴をめぐる証言vol.5】高山善廣インタビュー (4/5ページ)
三沢さんに触れたら、「そういうことか!」って気づかされたんだよね。
──三沢さんと闘うことで、プロレスの扉をひとつ開けることができたわけですね。
髙山 そして、その扉は凄く重要な扉だったね。本当の意味で「プロレスを知ることができるかどうか」っていうのは、あのドアが開けられるかどうかがすべてかもしれない。一流のプロレスラーになるためには、一番大事な扉だったね。
──なるほど。そして、せっかくその扉を開けたのなら、もっと奥まで見たくなりますよね。
髙山 そうそう。もっと奥にもっと違う扉があるかもしれないからね。要は昔の若手を海外修行に行かせるっていうのは、どんなタイプとでも試合ができるようにするためでしょ? どんなお客さんの前でもいい試合ができるようになるための海外修行だから。
──それが90年代になると、なかなか海外修行もできなくなる中で、日本にいながらにして感じさせてくれたのが三沢さんとの試合だった、と。
髙山 ホント、そうだよね。「あ、これか」って思わされたから。まあ、たまたま俺は日本国内でいろんなタイプと闘う機会があったけど、「これがそういうことなんだな」って感じられたのが三沢さん。
──じゃあ、それがなかったら、フリーとしてあらゆる団体を制覇ということはできなかったかもしれないですね。
髙山 できなかっただろうし、いろんな団体に上がりはしたかもしれないけど、席巻はできなかったかもしれない。
──三沢さんと初めてシングルで当たった頃(90年代末)っていうのは、もう髙山さん自身も、自分のプロレスに自信を持っていた頃ですよね?
髙山 うん。
──ノー・フィアーでイケイケの頃で。
髙山 もう、すごいイケイケで、超生意気だったよ(笑)。一番体力もあったしね。だから、三沢さんと初めてシングルをやったときも、「食ってやる」っていう気持ちだけだった。だけど、噛み付いたら、俺の歯のほうが折れる、みたいなね。
──なるほど。やわらかいように見えて、まったく噛みきれない。
髙山 最初は歯形も残せたかどうかっていう感じでね。