【パンチ佐藤】契約更改とシーズンオフの裏話 (3/4ページ)

日刊大衆

ハーモニーとしては必要不可欠ですよ」

まず僕は、一軍最低保証の1200万円を要求しました。1年目の年俸は800万円……そう、先ほどの「常識的な金銭感覚」という反撃を受けた張本人でした。フロントは「1000万円が限界」として譲らない。

当然、僕も譲れません。「そこを一つ……」と反撃。すると、「(アップ要求額の)400万円はサラリーマンの年収だぞ! 何を考えているんだ!」とフロント。ここまで頑なになるのには、理由がありました。一年目は当時、オリックスの看板選手・ブーマーが怪我で欠場することが多く、その代役を僕が務めたのです。打率は3割を超えており、2年目もやれる自信がありました。

そのためには、一軍最低保証は欲しかった。よくある「出来高」で収めようと球団(フロント)は画策していましたが、「僕は一軍にいるので、結局1200万円を支払うことになる。だったら、スッキリ1200万円で更改しましょう」と理論武装したんです。

フロントからは出場試合数を指摘されましたが、「試合に出す、出さないは監督が決めること。実際、出場したら打っていますよね!」と、相手に隙を与えない戦術を展開しました。

結果、5回の保留。新人で初でしょうね。当時は、代理人制度などなかった時代。オリックスは、球団側が3人でこちらは1人……。18歳やハタチの選手では、反撃できないまま丸め込まれます。

保留の会見で報道陣から「パンチ君、ネクタイが曲がっているよ」と言われ、ネクタイを直したんです。そこ(ネクタイを直しているところ)を撮られ、次の日に「キビシーっ」という見出しで記事が掲載されました。

ちなみに球団からは、「新人で保留をするとスポーツ紙に悪く書かれるゾ」と半ば脅されましたが、こちらはビジネス。納得がいくまで交渉していいと思います。

当時は代理人制度が確立されていなかったため、契約更改に自信のない選手は奥さんが家計簿を持って同席。未成年の選手は、両親が選手と一緒に更改へ臨んだというエピソードがありました。

僕は5回の保留を経て、当初の希望通り1200万円でサイン。2年目は、さらに200万円アップで1400万円。その後は成績が振るわず、球団が提示した額で更改しました。

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