【都市直下地震】ユダヤ系企業が一斉避難…阪神大震災の悪質デマを検証

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阪神大震災から20年の歳月が経った
阪神大震災から20年の歳月が経った

 大惨事から今年で20年が経ったが、阪神大震災には発生直後から現在にいたるまで様々な“噂”が存在する。中には陰謀めいたものや、きな臭いデマめいたもの、さらには明らかな後付け、言いがかりに似たものまで、様々な怪情報が錯綜している。

 中でも有名なのは「地震直前にユダヤ系企業と、その従業員、家族が神戸から脱出していた」というものである。有名なユダヤ研究家の宇野正美氏が講演で、神戸に住むユダヤ系アメリカ人は本国から避難するように震災前年の12月に連絡があったと述べたとされる噂や、以下の新聞記事が根拠となっている。

<米国人を中心とする欧米人の内、約400人は地震発生後の1月19日から20日にかけ、自前で船をチャーターし、関西国際空港から日本を脱出する素早い避難を見せた>(読売新聞・東京版1995年2月11日付)

 一見、何でもない記事だが、ユダヤ企業事前撤退説を主張する人々のネタ元になっている『日本が狙われている』(文芸社・三橋一夫著)には、こう解説する。曰く、この読売新聞の記事は、携帯電話もなく、瓦礫の山と化した当時の神戸の状況を考えると欧米人のとった行動を実行するのは不可能に近い。しかも白人ばかりが400人もゾロゾロと港まで移動していればマスコミや住民の目にとまるはずだが、そういった報道は一切ない。実は脱出したのは地震直前で、記者から取材された外国人は、脱出した事実を話してしまったあと、日時を言ってしまえば「どうやって地震が事前に起こるのか知っていたのか?」と詰問される。なので、わざと日時だけを変えて話したのが記事になったのでは、と。また同書では、東京版に掲載されたこの記事が、大阪版にはないことも不審点としてあげている。

六甲アイランド在住の外国人が船で脱出した?

 当時、現場にいた筆者なりに、まず読売新聞の記事から検証しよう。当時は同書の言うとおり、地震後2日経った19日も、神戸港を含む市内中心部は大混乱という状況で、余震も絶えず、一度おさまった火事が再発するなど、災害が続いていた。傾いた雑居ビル郡と瓦礫だらけの道路は通れるはずもなく、ほとんどが警察などによって閉鎖されていた。

 市内中心部へと通じる幹線道路も、阪神高速は通行止めだし、国道も破壊されているか、緊急車両優先で一般車両が通行できる状況ではなかった。それを考えると神戸港に400人もの人間がまとまって移動するのは不可能と思われる。当時の新聞によれば、神戸港にあった186の桟橋のうち、使用可能なのはわずか8カ所(神戸新聞1995年1月22日付)だし、神戸港に向っていた船便は全て急遽、大阪南港や名古屋港、横浜港などに振り替えられたという(同1995年1月20日付)。

 しかし、可能性もなくはない。甚大な被害を出し、ガス漏れが指摘されて封鎖された神戸港沖の人工島ポートアイランドとは対照的に、第2の人工島である六甲アイランドは完成して間もなかったこともあり、比較的無事であった。六甲アイランドの対岸にあたる神戸市灘区や東灘区の海沿いの街は、建物の倒壊や火災で甚大な被害を蒙ったものの、この人工島自体に住んでいれば、六甲アイランド沖から出港することはありえない話ではない。しかも、六甲アイランドは、ポートアイランドに比べてハイソなイメージがあったし、欧米人の子弟が通う外国人学校もあったことから欧米人の住人が比較的多かった。

 さらに言うと、神戸港から脱出用の臨時フェリー第一便が出港したのが1月20日の朝9時だという(同95年1月20日付)。その日時、時刻にはすでに限られた船舶の入出港が可能だったことを示している。件の記事の「19日から20日にかけ」という箇所に注目すると、どうやって連絡を取って、集まったかは別にして、臨時フェリー第一便の直前に脱出することはあり得るかもしれない。

 筆者はむしろ、この六甲アイランドの島内に住む欧米人が、島内の埠頭にあった船で脱出したというのはあり得る話だと思う。すると、事前撤退説を唱える人たちの根拠はいとも簡単に崩れる。これ以上、事前に撤退したことを支える資料や証言はなく、したがって「地震直前にユダヤ系企業と、その従業員、家族が神戸から脱出していた」という噂は、現時点では、単なるデマでしかない。

 さらに検証を進めよう。そもそも、肝心のユダヤ系企業、もしくはユダヤ人というのは、神戸に存在していたのか?

 震災の以前(1994年)と以後(1995年)の国籍別外国人数の推移を見ても、アメリカ1310人→1190人、イギリス486人→438人、ドイツ233人→216と、震災で人口が激減したわりには、驚くほどの減少ではない。しかもスイスにいたっては80人→92人と震災後に増加している(データは全て『神戸統計書』より)。これらの欧米人の中で一定の割合でユダヤ系をルーツに持つ人々がいたとして、ほぼ横ばい状態ということになる。

手塚治虫も描いた神戸とユダヤ人の関係

 また『外資系企業総覧2005』(東洋経済新聞社)に載っている、神戸市内に本社を置く外資系企業を見てみても、と、ユダヤ関連本やネット上でよく見受けられるユダヤ系企業の情報と照らしあわせてみると、多国籍企業のN社とM社の2社が該当した。だが、この2社は双方とも震災前から神戸に本社を置いている。ユダヤ資本が多いと言われているスイスの企業も7社と、アメリカを除く欧米企業の中では最も多い数字となっている。

 実は神戸とユダヤ系外国人はかかわりが深い。手塚治虫の漫画『アドルフに告ぐ』にも描かれているが、神戸には戦前からドイツ系ユダヤ人が数多く住んでいた。さらに「関西ユダヤ教会」という西日本に唯一のユダヤ教の教会まである。震災直後、筆者は教会周辺の様子を何度も見たが、一部の欧米人が集まり、避難所として機能していた。また教会の近くに「関西外国人倶楽部」という神戸のセレブ白人のサロンがあるが、ここも彼らの避難所となっており、多数の白人がいた(震災直後は近隣住民も入ることが許された)。もし事前に知っていたら、彼らは当然、いなかっただろう。しかし実際、震災直後に私が目撃しただけでも多数の白人が被災していた。

 こうして見ると、ユダヤ系外国人は神戸には確かに存在していたが、彼らが事前に脱出していたかというと、こちらもそれを証明できる資料はない。事前撤退説をとる人たちが唯一の拠り所とする読売新聞記事の解釈についても、前述したように無理がある(後編へと続く)。

(取材・文/中山左往 Photo by matanao)

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