北の地にある巨大遺跡で、ミステリーハンターに!日本の古代史に思いを馳せる (1/3ページ)
長い歴史を持つ日本。これまでに沢山の遺跡が発掘され、古文書が読み解かれ、我々の祖先がどのように暮らしていたのか、解明が進んでいます。
とはいえ、実際には全てが解き明かされた訳ではありません。新たな遺跡が発見されて、これまでの説が覆ったこともあるでしょう。
また書物や遺跡から、様々な推測ができてしまい、諸説分かれたままということも。例えば邪馬台国。九州か近畿にあったという説があり、まだ議論が続いています。
現在、日本全国各所で、様々な遺跡の発掘調査が続いています。その中でも、毎年調査が続く青森県の三内丸山遺跡(縄文時遊館)では、一部復元された遺跡を見学することができます。
この三内丸山遺跡とは、約4千~5千年前に実在したとされる、縄文時代のものとしては最大級とされる巨大集落跡です。
その大きさは、現時点で何と東京ドーム8個分で、今後更に広がる可能性を秘めています。1990年代初め、県営野球場の建設前の調査により、この場所に巨大遺跡があることが確認されました。
それ以来、毎年調査が続いており、2000年には国から特別史跡に指定されています。
石器時代の人々は食糧となる動物を追いながら、移動して生活していましたが、縄文時代に入ると特定の場所に定住して暮らすようになります。また集団で定住していく過程で、村という概念が生まれました。
このため、集落の中には、沢山の竪穴式の住居、大きな催事/集合場、大きなゴミ捨て場、多数のお墓などが見つかっています。また土偶や土器も多数出土されています。