あの日の白いモビルスーツ 1977年からのオタク回想録その3 (3/4ページ)
個人的には「ロボットなんだから、銃なんか内蔵されてるのが効率的じゃないの? ましてロボットが人間のように、刀剣をふりまわすなんて子供っぽすぎない?」と思っていたからです。
秋に、テレビではじまった『銀河鉄道999』にも『宇宙戦艦ヤマト2』にもなぜか乗りきれませんでした。たぶん「刺激」が足りなかったんです。
そして迎えた年末。夏に予約した『マニフィック』創刊号が、忘れた頃に届きました。アニメ以外への目配せもあり、池田憲章の特撮コラムあり、(『キャプテン・フューチャー』の)コメット号のペーパークラフトありと野心的な内容だったんですが、白黒ページがメインで総ページ数は60ページ程度。新番組の紹介なんか、アニメージュの方が詳しいじゃないか!
編集者たちの思いなどは、後日知ることになりますが、当時そんな事情がわからない中学生にとっては、かなり期待はずれの内容だったんです。創刊号は、テーマがしぼりきれない同人誌、という印象でしたね。
1980 サブカルチャーの中のガンダム
今、思えば、日々に雑多なことを、旺盛に取り込んでいたことに驚きます。アニメへの知識欲はたった1年でどんどんマニアックな方面に移行していきました。その時に放送されているものへの興味よりも『レインボー戦隊ロビン』や『海のトリトン』といった名作の上映会をめぐることに楽しさを覚えるようになってきたんです。それだけに、年明けに創刊されたまんが専門誌『ぱふ』には、情報量の濃さに大満足させられ、定期購読するようになります。
また、妹が購読していた『なかよし』をきっかけに、少女まんがも熱心に読み始めていました。OUTやランンデヴーの記事で「耽美」(今でいう「BL」)と呼ばれるジャンルがあることも知ったし、『ポーの一族』も立ち読みしました。『ぱふ』の購読をきっかけに、さらにまんがへの関心が強まっていくわけです。大島弓子や竹宮惠子といった有名まんが家の作品は、読まなければならない義務だと思っていたくらいですから。
並行して、学校では音楽好きの友達とも交友が広がっていました。友達から勧められてアリスや松山千春も覚えたし、そうなれば、かぐや姫やビートルズもたしなむようになります。