江戸時代は男女の言葉に差がなかった!?
男性が使う言葉と、女性が使う言葉は分かれていますね。例えば、一人称では「俺」「僕」といえば普通男性が使いますし、「あたし」は女性が使う言葉とされています。でも、これは時代とともに変化するもので、江戸時代にはあまり男女差はなかったのです。
■江戸時代の話し言葉はどんなふうだったか!?
最近は「言葉にもジェンダーによる差がなくなってきた」なんていわれますが、近世、江戸時代の庶民の間では話し言葉にあまり男女差がなかったことが分かっています。もちろん、この話し言葉は地域、階層によってはずいぶん異なっていました。
例えば、武士階級では「ござる」などの言葉が一般的でしたし、これは町人が使う言葉ではありませんでした。商人は「○○でございます」、一般庶民は「○○だ」といった言葉使いだったようです。
このような社会的な階層による話し言葉の差違はありましたが、特に庶民の間では男女のジェンダーの差による話し言葉の差違はあまりありませんでした。女性でも一人称では「あっし」なんて言葉を普通に使っていました。
しかし一方で、江戸時代はまた「御所言葉」といわれる、宮中に勤める女房の使う言葉が広まった時代であるとされています。江戸時代の口語表現を考察する上での貴重な史料である『浮世風呂』には、女房言葉を使う女性を批判する言葉が登場します。
「なんの、しやらツくせへ。お髪(ぐし)だの、へつたくれのと、そんな遊せ詞は見ツとむねへ。ひらつたく髪と云(いひ)ナ」
これが女性の発言なのです。江戸のべらんめい調で、「遊せ詞」をののしっている発言なのを割り引いても、男性の発言と変わらないですよね。
■標準語? いえ、元は「遊里」の言葉です
現在「標準語」とされている「○○です」という言葉も、もともとは「遊里」で芸者さんが使っていたものが広まったのだという説があります。地方から江戸に出てきた人が遊里で芸者さんの言葉を聞き、それが「江戸言葉」「標準語」として認識され、この誤解が広まったというのです(時期的には明治の初めだそうです)。
この説によれば、現在の標準語は芸者さんが使ってた「女性語」が元になったということになります。現在ではほとんど漫画の中でしか見られない「○○ざます」という、上品なマダムが使いそうな言葉も、もともとは花魁(おいらん)が使っていた言葉です。
そもそも花魁のいた吉原は、花街用の言葉が作られ、使われた場所でした。そのような言葉が段々と広まっていったというのは面白いことではないでしょうか。
また、女性語の代表にようにいわれる、
「○○ですってよ」
「○○だわ」
といった言葉は、明治時代になってから女学生を中心に使用が広まり、女性ならではの言い回しになったといわれています。こういう言葉を「てよだわ語」といいますが、これらの言葉が現れた当時は、「奇異なもの」として批判も挙がったようです。
言葉はこのように時代によって変化します。現在はジェンダーによる言葉の差違が小さくなっている時代なのかもしれません。
(高橋モータース@dcp)