戦国最大のミステリー「本能寺の変の真相」がついに明かされる! (3/3ページ)
光秀にしたら、この派兵を中止させないと、四国取次役としての面子が潰れ、織田家中での出世争いに大きく響くことになる。
このため光秀は、重臣の斎藤利三を通じて、なんとか元親を宥めようとする。利三と元親とは縁戚関係にあったからだ。
発見されたという手紙の一つが、織田軍が大坂湾を発する直前の5月21日付。元親が利三に宛てた手紙だ。
光秀の説得が功を奏したのか、そこには、元親がこれまでの態度を軟化させる文言が並んでいる。しかし、それでも信長は四国攻めを強行しようとする。
となると、光秀にとって不満の残る結果となる。長宗我部家の当主が織田家に恭順の意を示したにもかかわらず、四国攻めは実行されようとしていたからだ。
光秀は取次役としての面子どころか、元親や家臣(利三)への面子も立たず、苦しい立場に追いやられる。6月2日の四国攻めを止めさせるには、もはや信長を討ち取るしかない……。
確かに動機としては十分だが、それが謀叛という大それた行動に即、結びつくかは疑問だ。
そこで、当時、光秀が高齢であったことを理由に「認知症だった」「自律神経失調症だった」という説まで飛び出してくる。
このほか、光秀が誰かに操られて謀叛を起こした「黒幕説」もある。
黒幕としては、信長に京を追われた将軍・足利義昭と朝廷が代表的だ。
備後に亡命中の義昭には、信長によって京を追われた恨み。朝廷には、信長が自家薬籠中のものとしている誠仁親王を即位させ、朝廷を牛耳ろうとしているなどの懸念があった。
ただし、いずれも黒幕としての動機は十分だが、これまた、彼らが裏で糸を引いていたという物証はない。
これでは謎解きどころか、謎が深まるばかりだ。 武田信玄の上洛がヒントに!?
こうして百花繚乱のごとく、本能寺の変をめぐる説が咲き乱れる中、また一つ、注目すべき新説が登場した。
それが『信長の笑み、光秀の涙』(双葉社)。
小説ながら、ある公卿の家に代々伝わる貴重史料などを基に、真相を探った作品だ。筆者の辻大悟氏がこう語る。
「既存のどの説も魅力的ですが、それぞれに矛盾点や弱点があります。その弱点を、一つずつ潰していくとあるび姿が浮か上がってきます。ジャンルでいうと、謀略説に分類されるストーリーです」
残念ながら、詳細な内容まで聞くことはできなかったが、辻氏によると、真相に至るポイントは二つ。
「光秀の動機もさることながら、本能寺の変の大きな謎は、なぜ信長がわずかな人数で逗留していたのか。そこに謎を解く秘密が隠されています」
ここまでは発表されている説を下敷きにしたものだというが、ここからが辻氏のオリジナルだという。
「本能寺の変の謎を読み解く最大のポイントは、信長の比叡山焼き討ち事件と甲斐の武田信玄の上洛戦。このあたりから、謎を紐解く必要があります」(辻氏)
はてさて、そこには、どのような真相が隠されているのだろうか。