【完璧】実写映画『進撃の巨人』は意外にも良作だった! 良作である5つの理由 (3/5ページ)
欧米の映画も帰すシーンが多々入るが、生々しく感じないのはなぜかといえば、日本人にとって欧米社会が非現実的な世界だからである。重ねて言うが、日本人が演じるラブシーンは、より生々しく映る。意外性としてはアリな展開だが、鑑賞者はすでに違和感のダブルパンチを食らっている状態であり、このラブシーンを受け入れられる許容は残っていない。
・駄作から良作へ
上記が「良作なのに駄作だと思われてしまう理由」だ。では作品として「なぜ良作といえるのか?」を解説していきたいと思う。おそらく、上記と下記を呼んでから改めて作品を観ると、大きく印象が変わるはずだ。もちろん、駄作から良作へと。
・良作である5つの理由
1. 冒頭で完璧なキャラクターの性格描写
映画の冒頭十数分で、複数いる登場キャラクターの性格を一気に理解させることに成功している。性格をハッキリさせることで強い印象を与え、「あれ? こいつ誰だっけ?」という忘却をいっさい起こさせない。
2. 閉所と密集から生まれるリアリズム
密集した街と狭い通路、そして満員電車のように人と人が重なり合い、押し合い、逃げ惑う描写。予算の関係で大それたセットは作れないにしても、そのネックをプラスに変えて「巨人から逃げたいけど逃げられない恐怖」「次々に理不尽な捕食で肉体を裂かれていく人間」を完璧に表現している。
3. スプラッターで痛みと恐怖を表現
単に残酷なシーンを連発するだけなら、不愉快なだけで終わる。しかしこの映画では、「残酷」から「痛み」が伝わり、そこに「理不尽」と「緊張」を付加することで、巨人の恐ろしさをリアルに表現。グロテスクシーンを適所で生かし、いつの間にか鑑賞者は「壁の中で生きる住人のひとり」としてスクリーンの中に入り込んでいる。見事としか言いようがない。
4. ラブシーンの存在
ラブシーンの表現には賛否両論があるし、事実、駄作と思われてしまう原因のひとつになっているのは否めない。