戦国武将の「老後と終活」を暴く〈老いの哲学1〉今川氏真は親の仇・信長を「蹴鞠」接待
死を厭い、節操なく、プライドも名誉も捨てて生き延びることを選んだ武将たちがいる。それもまた正解といえよう。 父親の今川義元が桶狭間で織田信長に敗れて死んだあと、その息子の今川氏真(いまがわうじざね)は77歳まで生きていた。河合敦氏が解説する。「義元の死後、武田信虎と同様に京都に行って、公家の間を回って歌を詠んだり、蹴鞠(けまり)を教えてお金をもらったりしています。驚くのは、親の仇である信長の前で...
死を厭い、節操なく、プライドも名誉も捨てて生き延びることを選んだ武将たちがいる。それもまた正解といえよう。 父親の今川義元が桶狭間で織田信長に敗れて死んだあと、その息子の今川氏真(いまがわうじざね)は77歳まで生きていた。河合敦氏が解説する。「義元の死後、武田信虎と同様に京都に行って、公家の間を回って歌を詠んだり、蹴鞠(けまり)を教えてお金をもらったりしています。驚くのは、親の仇である信長の前で...
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