戦国武将の「老後と終活」を暴く〈老いの哲学1〉今川氏真は親の仇・信長を「蹴鞠」接待 (1/4ページ)
死を厭い、節操なく、プライドも名誉も捨てて生き延びることを選んだ武将たちがいる。それもまた正解といえよう。
父親の今川義元が桶狭間で織田信長に敗れて死んだあと、その息子の今川氏真(いまがわうじざね)は77歳まで生きていた。河合敦氏が解説する。
「義元の死後、武田信虎と同様に京都に行って、公家の間を回って歌を詠んだり、蹴鞠(けまり)を教えてお金をもらったりしています。驚くのは、親の仇である信長の前で蹴鞠の技を披露したと伝わることです」
よもや自分の父親を殺した相手を接待とは……。プライドはないのかと思わざるをえないが、生きるためには是非もないというべきか。
「足利幕府最後の将軍・足利義昭は信長に京都から追放され、毛利氏を頼って広島の鞆(とも)の浦に行きます。その地で征夷大将軍として、各地の武将たちに手紙で命令を発して活動を続けています。