「めでたしめでたし」では済まされない北海道児童遭難事件 重要なのは「しつけ」と「虐待」の境界線ではない

デイリーニュースオンライン

Photo by David Shankbone from Flickr
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 北海道における児童置き去り・遭難事件は国内だけでなく、世界的に大きな話題となっています。欧米を中心に、ロシアやラテンアメリカでも報道されていましたが、その論調は「見つかってよかったね。めでたしめでたし」というようなものではなく、しつけとして虐待的な行為が許されてしまう日本への懐疑的な内容でした。たとえば、エクアドルの新聞もイギリスの新聞も「両親によって、罰として森に置き去りにされた少年」と報じています。その中で使われているpunishmentという単語は「虐待」「むごい扱い」といった意味が含まれる強い表現です。

※当記事は「本音情報サイト-messy /メッシー」の許諾を得て、同サイトから転載しております。

 「文化的な背景が異なるのだから、欧米の基準で日本の親の躾を虐待として断罪すべきではない」という意見もあります。また、警察は「事件性が無い」として、刑事責任を問わない、つまり児童虐待とはしないという判断を下しました。

 親の責任であるはずの子どもの安全の確保をせず、行きすぎた行動を取ってしまう親、そういう経験をしたことのある親は少なくないないでしょう。それらをすべからく「虐待」ということは、「完璧な親でなければならない」というプレッシャーを過剰に与えてしまうことになります。しかし、だからこそ私達は「今後、同じようなことをしないように」「今後同じようなことがあったらどうするのか」を考えるためにも、しつけと虐待の境界線について自問する必要があるのではないでしょうか。

死に至る虐待は母親に多く、日常的な虐待は父親に多いというデータ

 最初に虐待に関するデータを見てみましょう。

 日本では2000年に「児童虐待の防止等に関する法律(以下「児童虐待防止法」)が制定されました。厚生労働省の報告によれば、2014 年に日本全国の児童相談所に寄せられた児童虐待相談対応件数は88,931件で、統計を取り始めた以降、過去最多となっています。また、虐待死件数は心中以外の虐待死が36例、心中による虐待死事例は27例となっています。衰弱死の危険性など、重症事例については18例の報告がありました。

 厚生労働省の「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第9次報告)」によれば、心中以外の死亡事件に関しては、0歳児以下が全体の43%となっており、死亡につながった虐待の種類は、身体的虐待が65.5%、ネグレクトが27.6%となっています。また、主たる死亡事件の加害者は実母が56.9%で、実父の19%と比べても多く、加害動機は「しつけのつもり」が17.2%、「保護を怠ったことによる死亡」が15.5%となっています。

 一方、平成26年度の児童虐待及び福祉犯の検挙状況は、698件となっています。ここで検挙されている児童虐待事件には身体的虐待、性的虐待、怠慢又は拒否、心理的虐待が含まれています。加害者を見てみると、父親等が546件(実父298件)、母親が173件(実母158件)となっており、父親による虐待が顕著に多いことがわかります。父親による虐待の中では傷害157件が最多、ついで暴行84件となっています。

 死に至る虐待は母親に多い一方、日常的に行われている虐待は父親に多いという点が特徴的です。「頑固親父」「雷親父」などといったイメージが、「しつけをしっかりする父親」「態度で教える父親」としてポジティブに受け止められることも少なくない中で、丁寧に言葉で子どもを諭すことのできない父親が、手をあげたり、子どもに辛く当たったりするのを許してしまう雰囲気があることも影響しているように思います。

考えるべきは「しつけ」と「虐待」の境界線

 ここで、あらためて、しつけと虐待の境界線について考えてみたいと思います。

 人権問題や子どもの心理的発達などの専門的議論・知見から、しつけと虐待の境界線を考える研究者の間でも児童虐待の定義は様々です。殴る、食べ物を与えないなど、数十項目の行為について「この行為は虐待か? しつけか?」という質問を保護者に対して行った研究もいくつもありますが、「この行為はしつけ」「この行為は虐待」と線引きを行うのは難しく、実生活でしつけと児童虐待の境界線は保護者にとってかなりあいまいなものです。一方で、「けがをさせる」「大声で叱る」「殴る」などは、どの調査においても、大多数の保護者が虐待になると認識しています。

 ただし、私たち大人が、実生活の中で注意しなくてはならないのは、こうした「明らかに虐待である」と多くの親が考える項目ではなく、親が「虐待」「しつけ」の判断で迷ったり「どちらともいえない」と考えてしまう行為でしょう。

 たとえば、ニュースなどで「パチンコのために子どもを長時間、一人で自動車に乗せたままにした結果、熱中症で死亡に至った」というようなケースについては、親たちは「虐待である」と判断します。一方で「子どもを連れて買い物にいったが、子どもが車の中で眠ってしまい、起こすのがかわいそうなので子どもだけを残して買い物にいった」場合には、約半数の親が判断に迷うという研究結果があります。しかし、親たちが買い物に行っている間に、子どもが熱中症になるケース、誘拐されるケースなどが十分に想定されるため、実際には後者もネグレクトに該当するケースではないでしょうか。

 このように、多くの人が判断に迷う行為では、保護者が判断を誤り、子どもを危険にさらす可能性が高まります。今回の北海道の事件も「しつけ」「虐待」の判断を誤ったケースでしょう。

重要なのは「子どもへのリスク」

 一般的に、虐待にはabuse (支配的虐待)とneglect(放任的虐待)があります。このうちabuseは、親の期待通りに子どもを行動させるため、子どもの意思や人格を尊重せずに、親が自分の命令・強制によって子どもをコントロールしようとする物理的・心理的暴力行為がこれに該当します。 一方、neglectは親が自分の都合を優先し、子どもを放任して、適切な保護を与えない、子どもとの適切な関係性を築こうとしない状況です。

 このような定義を聞くと、暴力行為や機能不全家族を想像しがちですが、こうしたわかりやすい虐待行為ではなくとも、結果的に子どもの心身を傷つけることになる行為は実は多いのです。

 児童虐待防止法では、児童虐待に含まれる行為を次のように定義しています。

一 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
二 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前2号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
四 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。

 この定義に従うならば、子どもの心身を傷つける行為は幅広く虐待にあたるのです。直接手を下しているわけでも、怒鳴りつけて子どもを脅し付けているわけでもないけれど、結果として子どもを大きな危険にさらし、子どもの心身を傷つける行為はすべて虐待です。「しつけか虐待か」「状況的に仕方ない」という判断ではなく、「この行為は子どもに危害を及ぼすだろうか」「万が一でも結果として子どもの心身を傷つけるものではないだろうか」という判断をする必要があるのです。今回の事件を通して、保護者はいまいちど、「どう判断すべきか」の定義についてしっかりと考える必要があるのではないかと思いました。

著者プロフィール

東京大学社会科学研究所 客員研究員

古谷有希子

ジョージメイソン大学社会学研究科 博士課程。東京大学社会科学研究所 客員研究員。大学院修了後、ビジネスコーチとして日本でマネジメントコンサルティングに従事したのち、渡米。公共政策大学院、シンクタンクでのインターンなどを経て、現在は日本・アメリカで高校生・若者の就職問題の研究に従事する傍ら、NPOへのアドバイザリーも行う。社会政策、教育政策、教育のグローバリゼーションを専門とする。

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