天才テリー伊藤対談「山本晋也」(2)25歳の若さで監督デビューは凄いね (1/2ページ)
テリー 当時のピンク映画の現場というのは、どんな雰囲気だったんですか?
山本 とても活気がありましたよ。松竹や東宝、大映などの大手5社やフランス映画のヌーヴェルヴァーグなんかより、よっぽど斬新で過激でしたから。
テリー 新しい才能や表現が、どんどん出てきた時期ですもんね。
山本 チーフ助監督になると、予告編を撮らせてもらえるんですよ。今だと本編のシーンを編集して作るけど、当時はチーフ助監督が独自に撮影できてね。短いとはいえ自分の作品だから、うれしいんだよ。
テリー へぇ~! すごく贅沢だなぁ。
山本 本番中に「ここ」と思う場面があったら、「監督すみません、予告編いただきます」とか言って撮影させてもらってね、監督も現場を空けてくれるんだ。この予告編の出来で演出力を認められれば、監督に昇格できるかもしれないから、まさに腕の見せどころなんですよ。
テリー それは気合いが入りますね。
山本 でも、初めて予告編を作った時に問題が起きちゃってね。ふと思いついて、レイプされた女性が全裸になって、井戸端で水をかぶって身を清めるという場面を撮ったら、そこで映倫と揉めちゃったんだ。
テリー そりゃまた何でですか?
山本 予告編でそういう場面を見せてはダメだ、と。恐らく全裸が引っ掛かったんだろうね。
テリー そんなインパクトもあって、25歳の若さで早くも監督デビューを果たすんですね。
山本 当時は5社の監督も会社に内緒で名前を変えてピンク映画を撮ってたんだけど、当初予定されていた監督がどうやらクランクイン直前に会社にバレて連れ戻されちゃったみたいで、チーフだった僕が急きょ抜擢されたんです。まあ、運がよかったんですよ。