【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第24話 (6/9ページ)
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お陰様で、今アこんなに大きくなりました」
人並み以上に背丈の伸びた直吉は、今は紫野の花魁道中で肩を貸す男衆を務めている。
口もとを隠してくすくす笑う紫野に、直吉はあっかんべをした。
「あの頃から、直坊がせっせとこうしてお使いに行ってくれて、お陰で随分楽しい思いが出来たよ」
「最初に俺を部屋に引っ張り込んだあの時、花魁何て言いましたっけ?『あたしとお友達になって』?」
ははっ、と直吉は可笑しそうに八重歯を覗かせて笑った。
「そんな事だったろうね」、
紫野は神妙に頷く。
「だって、日がな一日あの奥の部屋に閉じこもって、勉強に楽器に花に香にお茶・・・・・・。それも、嫁ぐためならまだしも、男に身を売るためによ。あたし、あのまま直坊に出会わなかったら、本当に気がおかしくなっていたと思う」。
「てこたア、俺が花魁を救ったんですね」
「うん。命の恩人だよ」
二人は顔を合わせて笑った。
あの鮮烈な出会いの日以来、直吉は遣り手や楼主、他の若い衆の目を盗んでは、紫野の部屋に忍び込み、話し相手になった。そして、引っ込み新造になった紫野を知れば知るほど可哀想に思った。
好奇心の強い利発な娘を部屋の奥に閉じ込める事ほど、不幸な事はない。可哀想だと思うにつけ、直吉はこの紫野に何かしてやれる事はないかと考えるようになった。菓子に絵本、色紙遊び、路傍に生えた鬼灯の実で笛の作り方を教えたりと、実に様々なものを外から運びこんだ。
紫野の奏でる世にも美しい琴や三味線の音色に合わせて鬼灯の実の笛をぷうぷう鳴らして、二人で腹を抱えて笑った事もあった。毎年正月になると、紫野がこっそり外に出るのを手伝いもした。
拾ってきたぶち猫を、こっそり紫野に与えた事もあった。