【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第24話 (1/9ページ)
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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話 ■文政八年 梅雨吉原遊廓にも、梅雨が訪れた。
仲之町の花菖蒲の花弁を濡らす露さえも、娑婆のそれとは違ってしっとりつやめいている。
渓斎英泉「江戸八景 吉原の夜雨」国会図書館蔵
京町一丁目岡本屋の紫野花魁は、最近いつも針仕事をしている。
何を縫っているのかは分からない。一階の針子部屋から刺繍台を借りる姿を見た者がいるから、おそらく刺繍に執心しているのだろう。
去年までは陽の明るいうちは蒲団にこもって寝ている事が多かったのに、最近の紫野は何か別人のように活動的である。
その紫野花魁に、若い衆の直吉はとある頼まれ事をしていた。
吉原遊廓を出て、娑婆(しゃば)の貸本屋で本を借りてきてほしいという頼みであった。
「傾城水滸伝」という合巻だ。
今年の早春に日本橋通油町の有力地本問屋である鶴屋が初編四冊を出版して以来、「傾城水滸伝」は江戸で爆発的な人気を誇っている。書いたのは人気戯作者曲亭馬琴、挿絵は浮世絵界の大御所、歌川豊国である。
江戸を代表する二人の合作だから売れて当たり前だが、その売れ行きは地本問屋の想像をはるかに凌駕した。