【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第26話 (3/6ページ)
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すでに、見た夢がどんな夢であったか思い出せなくなっていた。
なんとなく、胸のあたりが切ない。
そういう感触だけが残った。
気晴らしに湯屋でも行こうと妹女郎の美のるを連れて木戸門の外に出ると、吉原遊郭仲之町ではすでに可愛らしい灯籠が引手茶屋の軒先を彩っていた。
毎年六月の晦(つごもり)を迎えると、平素からすだれと花色のれんを掛けている引手茶屋には揃いの灯籠が飾られる。
十返舎一九/葛飾北斎「青楼絵抄年中行事 上之巻より 玉菊灯籠の図」国立国会図書館蔵
玉菊灯籠と呼ばれる初夏の吉原の風物詩だ。
一軒の茶屋につき十ほども吊るしたから、みつの暮らす京町一丁目の水道尻から全体を望めば七夕の天の川もかすむほどにまばゆく燦爛した。
みつと美のるは肩を並べて湯屋に向かってぽつぽつ歩きつつそれを眺めた。
「今年の玉菊は、花灯籠だね」
美のるが円らかな灯籠に花の絵が施されているのを見て、嬉しそうに言った。
みつも微笑んで、
「丁目ごとに花が少し違うのも、なお良いね」
「うん、可愛いね」
今年は花の模様を入れようと、町の垣根をこえて茶屋同士で示し合わせたのだろう。そもそも玉菊灯籠はその昔、角町中万字屋の玉菊という気だてのよい花魁が若死にしたのを弔うために始まったという。玉菊という名のもとに吉原遊廓全体が一つに協力するほど、彼女はきっと誰からも愛される素敵な花魁だったのだろうと、みつはぼんやり思う。