のちの昭和天皇の病状が芳しくない中、竹下内閣官房長官の小渕恵三は緊張の日々をすごしたが、妻の千鶴子も同様の緊張を余儀なくされた。千鶴子は当時の心境を、のちに雑誌で次のように吐露している。
「陛下がご病気になられ、崩御されるまでの主人はまさに緊張の連続でした。都心から1時間以上かかる場所へは行くことができず、週末は帰宅しても(自宅は東京・北区)官邸から連絡がありしだい、すぐ出掛けて行かなくてはなりません。私も同様で選挙区の群馬以外はどこにも行かず、出掛けるのは主人の泊まっているホテルに着替えを持っていくくらいでした。2人とも相当ストレスが溜まりましたが、ああいうときに、あのようなお役目をいただいたことは、ありがたいことだと思っています」
崩御をもって「昭和」から「平成」への改元を発表した小渕官房長官は、国民から「平成長官」の異名を頂戴した。小渕といういささか地味な政治家が、初めて人口に膾炙されたときでもあった。
その後、竹下首相がリクルート事件に関与した責任を取って退陣、竹下は全幅の信頼をかける後継として小渕を指名、小渕は自民党内最大派閥の「力学」により、ライバルの梶山静六、小泉純一郎を押しのけて総裁選に勝利、首相に就任した。小渕は「冷めたピザ首相」との酷評に対し、「レンジに入れれば温まるものだ」と、なかなかのウイットで切り返したものであった。
しかし、20%台という“低空飛行”から出発した小渕政権は、自民党を離党して自由党を率いていた小沢一郎、さらには公明党を引き入れて「自自公」連立を組んで政権基盤の強化を策したが、政権運営は必ずしも思うに任せなかった。
折からの不況対策で「景気最優先」を掲げて積極財政政策を打ち出したが、広く知恵を集めるという調整をより重んじた持ち前の「ボトム・アップ」のリーダーシップも、結局は多くつくった有識者会議に「丸投げ」姿勢が問われ続けたのだった。
一方、野党や自由党、公明党の対策も「丸呑み」したことから「真空総理」ともヤユされたが、小渕は「譲るべきは譲り、貫くところは貫いている」とシタタカさを誇示もした。外交問題でも、時の中国の江沢民国家主席が強く求めた歴史認識には譲ることなく、従来の政治方針を貫いたものだった。
天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 小渕恵三・千鶴子夫人(下)
2018.06.18 08:00
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