幕末、徳川慶喜が戦意喪失し夜逃げ…は嘘!「鳥羽・伏見の戦い」で撤退した本当の経緯と真意

| Japaaan
幕末、徳川慶喜が戦意喪失し夜逃げ…は嘘!「鳥羽・伏見の戦い」で撤退した本当の経緯と真意

「逃亡」のイメージ

鳥羽・伏見の戦いは1868年に始まり、圧倒的に優勢であったはずの旧幕府軍が敗退しています

ナメていた旧幕府軍…幕末の「鳥羽・伏見の戦い」で新政府軍が圧倒的戦力の旧幕府軍に勝利した理由【前編】

この理由について、朝敵認定されることを恐れた徳川慶喜には戦意が無く、逃げ出してしまったことで軍が総崩れになってしまったからだとよく説明されますね。

こうした経緯は小説やテレビで何度も描かれてきました。ですが、こうしたフィクション作品のイメージと、実際の経緯は少し違うようです。

鳥羽・伏見の戦い(Wikipediaより)

まず、一つ言えることは慶喜は新政府と戦うつもりはなかったということです。

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