天正元年(1573年)8月20日、朝倉景鏡(池内万作)の裏切りによって朝倉義景(鶴見辰吾)が自刃。ここに北陸の名門・朝倉氏は滅亡します。大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、今後1〜2話のうちに描かれることになりそうです。
しかし朝倉一族のすべてが滅び去った訳ではなく、景鏡のように織田信長(小栗旬)へ臣従することで命脈を永らえた者もいました。
今回はそんな一人である織田景綱(おた かげつな。朝倉景綱)を紹介。なぜ朝倉一門なのに、織田を名乗っていたのでしょうか。
義景の遠い親戚?謎多き人物織田景綱は生年不詳、代々越前国丹生郡織田荘(にゅうぐんおたのしょう。福井県越前町)を治める織田城主の家系でした。それで織田の苗字を名乗っていたようです。
ちなみに、この織田荘は織田(おだ)家発祥の地であり、信長の祖先は当地に鎮座する劔神社(つるぎじんじゃ。