破格の処遇と戦後処理
戦国時代の領国支配と聞くと、武力で反抗勢力をねじ伏せるというイメージが強いかも知れません。
実際、浅井氏が滅んだ後の北近江三郡(伊香・東浅井・坂田)も、豊臣(羽柴)秀吉が力で押し切って平定した……と語られがちです。
しかし、秀吉が北近江で行ったのは、単純な軍事支配ではありませんでした。
浅井氏滅亡後、織田信長は北近江三郡を秀吉に与えました。『信長公記』によれば、これは浅井氏の旧領を丸ごと任せるという破格の処遇でした。
秀吉はまず横山城を拠点に据え、戦乱で荒れた地域の立て直しに着手します。寺院の復興支援や、服属した者への融和策がその代表例です。
つまり、秀吉の北近江統治は戦後処理から始まったのです。
ちなみにこの頃、弟の秀長も兄のもとで実務を担い始めていました。