たったひとりで東京電力を訴えた自営業男性の訴え「恐怖感じる生活に一変した」

たったひとりで東京電力を訴えた自営業男性の訴え「恐怖感じる生活に一変した」

 2011年3月11日の東日本大震災に伴う、東京電力・福島第一原発事故によって、「恐怖を感じ、子どもたちの体を心配するような生活に一変」したとして、東京都内の自営業の男性(50代)が東京電力に精神的な慰謝料と、避難行動に伴う財産上の損害を求めた裁判が結審した。判決は4月27日。

 男性は渋谷区内で自営業を営んでいる。子どもは当時小学生の子ども3人。訴えによると、原発事故によって原告だけでなく、子どもたちの被曝による健康被害に関する精神的賠償と、健康被害を避けるために行動を起こした際のレンタカー代のほか、ランタンやミネラルウォーター、ガイガーカウンター、防護マスクの購入費用の賠償を求めている。

「こんな不条理なことが一企業によって課せられていいのか。自分の子どもが死ぬリスクがあるかもしれない。『大変だったね』で済まされていいのか」。そう疑問に思ったことで男性は事故後の17日後、3月28日に提訴したのだ。

 東電の社会的責任を問う訴訟でもあるが、なぜ裁判という手法だったのか。

「私は運動家ではありません。事故以前も以後もデモに参加したことないのです。首相官邸前(のデモ)にも行ったことはありません。かつて科学少年ではありましたが、原発でなぜ水素爆発が起きるのかもわからない。知識があったのかと言われると、ないです。そんな中で被曝による健康被害があるかもしれない。子どもは女の子もいるので、将来の妊娠、出産でのリスクもあるかもしれない。何もかもわからない。わからないものは怖い。そんな中で、政府が信用できるんですか? 命の保証をしてくれるんですか? と思ったのです」

 当時小学生の子どもたちはどういう反応だったのだろうか。

「長女はマスクを素直にしていましたよ。でも、三女はまったく危機感がなかった。ピンときていない感じです。何が何だかわからない状況の中で、何日でもいいから線量が低いところへ避難しないと思いました。子どもとの調整も大変で、長女は学校が好きで休みたくない。一方、自営業のために、『あそこは逃げたところだ』とレッテルを貼られたくもない。ただ、とりあえず逃げたかったんです。今気になるのは、(放射性プルームが東京を襲った)15日に子どもたちが何ベクレル被曝したのかがわからないことです。

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