人間と編集者の狭間で...元少年Aの『絶歌』を読んで思ったこと|久田将義コラム

人間と編集者の狭間で...元少年Aの『絶歌』を読んで思ったこと|久田将義コラム

 6月11日に『絶歌』を近所の大型書店で購入。平積みになっていたので書店としても推したい商品なのだろうと思った。買ったは良いがカバーをお願いするのを忘れてしまったので、電車の中でひらく事も出来ずとりあえず近所の喫茶店で広げてみた。その日は某テレビ番組の収録日で、翌日には「ニコニコ生放送」で読後感を話す予定だったので、ページをめくる速度を早くして読んだ。

●遺族の許可を得ずに刊行された問題作

 いろいろ違和感と疑問点が出てくるのだが、整理して書いてみたい。

 まず、本の出版に反対している皆さんは①「なぜ遺族の断りもなしにこの本を出したのか」②「印税は元少年Aに入るのはいかがなものか」という二点に集約されているようだ。①についてだが、まず編集者というものは、基本、「世の中に一石を投じたい」という生業(全てではない)であるという事。

 それを踏まえて僕だったらどうするかを想定してみた。神戸児童連続殺傷事件については、恐らく1990年代を過ごしてきた編集者やライターはどこかしら、心に残っている事件だ。そして、知りたい事は一つ「元少年Aは今、何をしているのか」だ。このくすぶっていた疑問が、ダムが決壊するように『絶歌』出版によって、一気に解消の方向へ向かった。方向へ向かっただけで「解消」はされてはいない。内容を読めば第一部は私的小説を書いているかのような比喩で満ちており、「犯罪者の心理を知りたい。ゆえに出版には賛成だ」という人たちの欲求を満たしていないからだ。

 想像してみた。まずこの『絶歌』が持ち込まれた時に、僕ならまず出版する方向で動くだろう。が、その後に、「待てよ」と躊躇する。人が、しかも幼い子が二人も亡くなっている。遺族はご健在だ。で、これは犯人の手記だ。第三者が事件を報道するのとは、フェーズが異なる。当事者同士の問題である。だから、遺族に了解を取ろうとするだろう。

 因みに僕は以前、土師守さんと、お会いしている。酒の席で何人か同席者がいたので僕の事など覚えていないはずだが、ものすごく静かな話し方をする人だなという印象がある。一編集者の意見だが、僕は「出したい」と痛烈に願う。しかし大前提として「遺族の同意を得る」のは必須だ。ただ、遺族は反対するだろう。

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