盲目の少女を操作して猫を探すゲーム『Beyond Eyes』 (2/5ページ)

Kotaku

生まれつき盲目の人はレイのように周りの情景を心に描くのかどうかはわかりませんが、本作ではゲームの中で視界を奪われる感覚を与えることに成功しています。



なお、レイが聞こえていると思っているものが、常に現実と合致するとは限りません。物干し紐に近づいたと思ったらそれが案山子になったり、木でキツツキが鳴いているかと思えば、それが歩行者用信号機だったりといったことも起きます。



私はあまりゲームでは心を動かされないのですが、『Beyond Eyes』のクライマックスには感動しました。しかし、ゲーム全体としてはそこまで好きではないというのも正直なところです。それがゲームのせいなのか、私のせいなのかはわかりません。

このゲームで思い出したのは、数年前のニューヨーク・タイムズ・マガジンのエッセイでした。それは、現在「Slate」の文化面の編集長をしているダン・コイスさんによる『文化の野菜を食べる』(Eating Your Cultural Vegetables)というもの。

そのエッセイの中で、コイスさんは自身の「意欲的な」文化との関係を分析していました。コイスさんにとってそれは、ゆっくりとしていて難しく、すぐに理解できるものでも、簡単に理解できるものでもありませんでした。そこでコイスさんはケリー・ライヒャルト監督の映画『Meek's Cutoff』を挙げています。

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