盲目の少女を操作して猫を探すゲーム『Beyond Eyes』 (5/5ページ)
「特にゲームプレイという行為で無感覚な主観性をつくるために流れ/フローが省略され、この無感覚な主観性が理想的なプレイヤー反応として昇華されるという危機を迎えている」、「これは挑発的で不協和音的、感情的なチャレンジが必要な作品を作る大胆不敵なデベロッパーへの評価が落とされるだけでなく、良いゲームがあるべき姿という通念に対して根本的に不信仰的である」とポランスキーさんは書いています。
もしかしたら、途中の苛立たしい3時間を味わうことなしに『Beyond Eyes』の最後の部分の感動を味わうことはできなかったかもしれません。このイライラが心理的な共感反応へと導いたのかもしれないわけです。その感覚、他の人物の経験を「目撃する」のではなく「共感する」感覚、それは他のどの媒体よりもゲームという媒体が上手くできます。
それでもなお、私はコイスさんが「意欲的な映画」に対してそうであるように、『Beyond Eyes』をプレイしている間よりも、プレイした後のほうが好きになれる作品だと願いたいです。そしてプレイしていない今現在、私はこの作品が大好きです。
『Beyond Eyes』はXbox One向けに先行リリースされており、公式サイトによると今後PC、Mac、Linuxでもリリース予定のようです。
[via Kotaku]
(abcxyz)