手軽に栄養補給できる「サプリメント」、実は日本で発明されたって本当? (1/2ページ)
ストレスや外食の多いサラリーマンの強い味方である「サプリ」。ビタミンや鉄分など、自分に足りない栄養を手軽に補充できるのが当たり前となっているが、もともとは「軍用食」として開発されたのはご存じだろうか?
前線で活躍する兵士は新鮮な食料を口にする機会が少なく、ビタミン不足による脚気(かっけ)に悩まされていたが、川島四郎少将が、濃縮した卵黄に各種ビタミンを混ぜた「航空ビタミン食」を作りみごとに解決した。ビタミンの特性を理解した川島は、暗いところでも良く見える「夜間視力増強食」なども手がけ、サプリに代表される栄養食品を世界中に広めたのだ。
■「航空ビタミン食」誕生
現在はほとんどみかけなくなったとはいえ、脚気(かっけ)は日本人に浅からぬ因縁があり、古くは江戸時代からこの問題をかかえていた。それまで主流だった玄米が白米に変わり、粋(いき)とばかりに江戸っ子が好んで食べるようになった。ご存じのように、胚芽(はいが)を取り除いた白米は、見ためはキレイだがビタミンB1は4分の1程度に減ってしまい、これが脚気を流行させたのだ。
脚気は江戸の「風土病」扱いされる始末で、海外でも「脚気は伝染病!」とする意見が強く、ビタミンの働きや必要性を理解しているものはほとんどいなかった。やがて1900年代になると「ビタミン」の呼び名も確立し、伝染病説も決着、脚気=B1不足は誰もが知ることになった。
ところが、戦線の兵士はロクな食事もできず、新鮮な野菜も口にできないため、再び脚気に悩まされる。これを打破したのが陸軍少将・川島四郎で、「B1が大量に摂取できる食料を作れば解消できる」と、サプリメントを作りだしたのだ。
「航空ビタミン食」となづけられたこのサプリは、
・卵黄を塩水に漬け、水分を抜いて濃縮する
・これにビタミンA、B1、B2、Dを加える
・糖分とカルシウムで、卵黄をコーティングする
と加工され、「ようかん」ほどの固さで持ち運びも可能、卵に含まれるリン脂質・レシチンのおかげでビタミンが長持ち、カルシウム入りの糖衣で口当たりもgoodと完成度も高い。自宅でも作れそうな食品でありながら、多くの兵士を救うサプリとして愛用されていたのだ。