【考察】なぜ映画のアクションシーンを作るのは難しいのか? (3/6ページ)
こういったものを多用するアクションを見ると、観客は何が起こっているのか理解はするものの、それがどのように起こっているのか? そして、アクションをしているキャラクターが何を考えているのか? といったことを感じられません。
アクションとリアクションを同じショットで一連の流れとして見ると、観客はより感動し、出来事をより受け入れるのです。
では、「ほのめかす」アクションシーンが常に悪いのか? 必ずしもそうではありません。
スティーブン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』は全体像を見せないことで、効果的なアクションシーンになっていると言えます。冒頭のノルマンディー上陸シーンは、スローになったり画面にブラーがかかったりと、瞬間ごとにショットが切り替わりますが、海から陸に上がり丘に登るという至って単純な流れのため、陳腐に見えないのです。
続いての話題は「フィルムメーカーが陥りやすいアクションシーンの罠」。
アクションシーンが「シーン」であるということを忘れているフィルムメーカーが多いように感じます。アクションシーンは壮大であると同時に、キャラクターを構築するシーンでなければいけません。この2つが組み合わさって初めて「アクション・シーン」となります。
一般的にアクションシーンは誰かが誰かをやっつけたい、もしくは死にたくないから生きるために戦うというものが多いでしょう。ここに感情が入らなくてはいけません。
例えば『キングコング』には恐竜が将棋倒しになるシーンがありますが、観客はあのシーンに何の意味があるのか? を理解することはないと思います。『バイオハザード』シリーズも同様です。どのアクションシーンにもキャラクターの血が通っていません。