【考察】なぜ映画のアクションシーンを作るのは難しいのか? (4/6ページ)
映画における良いシーンとは、キャラクターの内面や価値観が描かれているものを言います。アクションシーンにも、当然、この「エモーショナルアーク」が必要なのです。
感情が描かれたアクションシーンの優秀な例は、『マトリックス』の地下鉄でのネオとスミスのフィストファイトでしょう。このシーンでネオは生き残るためにスミスと対峙しますが、それだけでなく、預言者(オラクル)に自分が救世主ではないことを知らされながらも、実は自分こそが救世主ではないのかと考え、最終的に救世主であろうがなかろうが、予言にある人物は人類を解放するのであり、自分がそうなるのだと覚醒するまでの感情の流れが含まれているのです。
Corridor Digitalは感情を含む良質なアクションシーンの例として、『スター・ウォーズ』旧3部作も挙げています。それは、全てのアクションシーンが単なるライトセーバーのチャンバラではなく、キャラクターの感情を表現しているから。
ところが、『スター・ウォーズ』新3部作では感情が置いてきぼりになっているのだとか。
アクションシーンには感情の流れが必要だと口を酸っぱく伝えていますが、だからといって壮大さは無くていいと言っているわけではありません。
アクションシーンにおいて、スペクタクルは非常に重要です。そして、キャラクターアークと視覚的娯楽のスペクタクルのバランスが必要になります。言ってしまえば、スペクタクルはキャラクターがなくては無意味なものになってしまうのです。
スペクタクルの中への感情の組み込みが難しいのが、ディザスタームービーでしょう。『カリフォルニア・ダウン』ではサン・アンドレアス断層が動いて街が崩壊、火山が噴火して巨大な岩石が人々を襲いますが、キャラクターの感情に重点が置かれて描かれているわけではありません。