剣心のライバルも! 漫画「るろうに剣心」に登場する実在の人物10選 (2/5ページ)

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●相楽総三(さがらそうぞう)

下総相馬郡の豊かな郷士・小島兵馬の四男として生まれました。四男ながら小島家を継ぎ、国学と兵学を修め、私塾を開き門人を多数抱えます。尊皇攘夷運動に身を投じ、その後薩摩藩の要人たちと親交を持つのです。

戊辰戦争が始まると「赤報隊」を組織して官軍として戦います。新政府軍から「年貢半減令」の建白書を認められたため、これをもって京都から江戸へ進発しますが、新政府は手のひらを返します。これで赤報隊は偽官軍とされ、相楽総三は捕らえられ処刑されました(享年30)。これを聞いた妻も自害するという悲劇も起きました。相楽総三の名誉は孫の尽力によって回復されます。1928年(昭和3年)に正五位が贈られました。

実際の相楽総三は、ずいぶん乱暴な倒幕活動を行いましたが、官軍として進軍する際には乱暴狼藉等は働いていません。また裕福な家で育ちましたので特にお金や立身出世に執着があったわけではなく、尊皇攘夷運動にまい進した人だったのです。その一本気ゆえに新政府に翻弄された悲劇の人といえるのではないでしょうか。

●桂小五郎(かつらこごろう)

明治の元勲の一人「木戸孝允」です。吉田松陰の『松下村塾』門下で、幕末の激動の中、長州藩で指導的役割を果たしながら明治維新を実現させました。維新後も明治天皇の信任厚く、政府の重鎮として派閥争いなど、方向性の違いが激化する中、調整役として働きました。

西郷隆盛が下野し、薩摩で挙兵。西南戦争が始まると、京都出張中に病いがあつくなり政府を心配しながら息を引き取りました(享年45)。病床、もうろうとした意識の中で大久保利通の手を握り「西郷もいい加減にしないか」と言い、それが最後の言葉になったそうです。

実際の桂小五郎は非常にイケメンで花柳界でももてもてだったそうです(なにせ奥さんは芸妓だった幾松さんですから)。現存する写真を見てもちょっと濃いめの男前です。

また江戸の練兵館で免許皆伝を得たほどの剣客でしたが、実際に真剣を振るうことはなく、「逃げの小五郎」とあだ名されるほど闘争を避けました。これが桂さんが明治維新を超えて生きられた秘訣(ひけつ)だったのかもしれません。

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