剣心のライバルも! 漫画「るろうに剣心」に登場する実在の人物10選 (3/5ページ)
後輩や目下の人間にでも気軽に接する人で面倒見も良かったそうです。
●高杉晋作(たかすぎしんさく)
長州藩の200石取りの高杉子忠太の長男として生まれました。吉田松陰の『松下村塾』の門下です。京都、江戸で他藩藩士と交流し尊皇攘夷運動に身を投じますが、藩から謹慎を命じられます。それにもめげず、品川の英国公使館を焼き討ち。
江戸には置いておけないと藩から萩へと戻されます。このとき下関で身分によらない志願兵の戦闘集団「奇兵隊」を作ります。脱藩して京都へ出ますがこのときは桂小五郎の説得を受けて萩へ戻ります。すると脱藩の罪で投獄されてしまうのです。
蛤御門の変、下関戦争で長州藩が苦境に陥る中、晋作の出番が来ます。4カ国との講和会議に出席し、頑として租借地の要求を突っぱねました。この後、四国に愛人を連れて逃げたりしますが、第2次長州征伐が迫る中、晋作は長州に帰還。
海軍総督として指揮を執り、幕府軍艦隊を撃退するなど大活躍します。しかしこの戦いの後、肺結核が重くなり、1867年に死去(享年29)しました。
実際の高杉晋作は長い顔で、子供のころにわずらった天然痘のせいであばた面だったようです。悍馬(かんば)のように暴れた人でしたが、折りたたみ式の三味線を愛用して即興で都々逸を作るなど粋人の面がありました。ちなみに、奥さんの雅さんは「防長一の美人」といわれたほどの美人でしたが、晋作自身は家を顧みず奔走した人生を送りました。
●山縣有朋(やまがたありとも)
明治元勲の一人ですが、その志士としての原点は長州藩、高杉晋作の組織した「奇兵隊」に参加したことにあります。第2次長州征伐では隊を指揮して幕府軍を押し返し、戊辰戦争時には北海道、会津での戦いに参謀として参加。明治維新後は、陸軍の事実上のトップとして軍制改革を断行。西南戦争、日清戦争、日露戦争、第1次世界大戦と、日本の内戦、対外戦争に常に関わっています。総理大臣も務めましたが、1922年に死去(享年83)。
実際の山縣有朋はひょろっと痩せた長身で上の歯が出ていたそうです。