天才テリー伊藤対談「山本昌」(1)声援に応えたくて引退できなかった (1/3ページ)
●ゲスト:山本昌(やまもと・まさ) 1965年、神奈川県生まれ。本名は山本昌広。小学3年生より野球を始め、日大藤沢高校時代は神奈川県選抜選手として活躍。83年、中日ドラゴンズにドラフト5位で指名を受け入団。88年、5勝をあげリーグ優勝に貢献。93年から2年連続で最多勝と沢村賞を獲得するなど、不動の左腕として歩み始める。06年、阪神戦で史上73人目のノーヒットノーラン達成(最年長41歳1カ月)。08年、巨人戦で通算200勝達成(最年長42歳11カ月)。同年、茅ヶ崎市民栄誉賞を受賞。15年9月、現役引退を表明、10月7日の広島戦で最終登板。16年からは野球解説者として活動予定。
中日ドラゴンズの名サウスポーとして数々の記録を樹立、日本プロ野球の最年長プレーヤーとして活躍してきた山本昌。今秋、多くのファンに惜しまれながら、ついに引退を宣言。32年にわたるプロ野球人生の数々の思い出、そして気になるこれからを、天才テリーが直撃した!
テリー まずは、本当にお疲れさまでした。今、どんな気持ちですか。
山本 やっぱり「まだやりたかった」という思いが強いですね。32年もやってきてぜいたくだと思われるかもしれませんが、もう少し頑張りたかったです。
テリー 最終的に今季の引退を決断されたのは、どんな理由で?
山本 僕がドラゴンズに入ってから、3年連続Bクラスは初めてなんですよ。
テリー そうか、今季のドラゴンズは5位でしたね。
山本 ええ。さらに谷繁(元信)監督も、和田(一浩)選手も引退することを決意した。つまり、ドラゴンズはチームを大きく変えないとヤバいぞというところに入ってきたわけです。そこに古株の僕がいたら迷惑がかかってしまうな、と。
テリー 偉いなぁ。