秀吉は付けひげ!? 遠山の金さんは痔!? 日本史上の人物にまつわるヘンなエピソード20選 (3/4ページ)

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信長は相撲が大好きで、安土で1,500人もが参加する大相撲大会を開いたことがあります。大人数だったので朝から始めて日暮れまで取り組みが行われました。信長は終日上機嫌で力士たちに賞品を与え続けたそうです。

●明智光秀:鉄砲の名人だった! 100発撃って約7割を中心に当てる!

織田信長の下で立身出世した明智光秀ですが、彼は鉄砲の名人だったといわれます。信長に仕える前にはその射撃技術を認められ朝倉義景に召し抱えられました。『明智軍記』によれば、25間の距離(約46m)から狙い、100発撃って68発を的の中心に当てたそうです。

●源義経:小男で出っ歯だった!

鎌倉幕府を開いた源頼朝の弟で、平家討伐に多大な戦功を挙げた悲劇のヒーローとして知られています。ドラマなどではイケメンの俳優さんが演じることが多いですが、実際の容貌については「色白で背は低く(150cmぐらいと推定あり)、出っ歯が目立った」ようです。

●紫式部:漢字を書けないふりをしていた!

『源氏物語』の作者として知られる才女ですが、その才能は幼少期から際立っていたようで、父親から「お前が男だったらなあ」と言われています。学問・文学は男のものだった時代だったので、宮中に仕えた彼女は目立たないよう「漢字も書けないふり」をしていたようです。

●徳川家慶:「しょうが」がなくなったじゃん!

徳川家慶は、徳川家斉(11代将軍)の次男で、12代将軍です。徳川家斉は「しょうが」が大好きだったことで知られますが、家慶もまたしょうがが好物でした。ところが、水野忠邦の天保の改革で「ぜいたく品はいかん!」となり、将軍の食卓からしょうがが消えます。これにはさすがに怒ったそうです(笑)。

●豊臣秀吉:付けひげだった!

豊臣秀吉は、織田信長が本能寺の変で自刃した後、天下統一を成し遂げました。その肖像画はいくつかありますが、実は晩年のひげは付けひげなのです。戦国武将がひげを蓄えるのは当然という風潮でしたの、薄い秀吉はその点で苦労したのでしょう。

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