日本のソウルフード! 「赤飯」は縄文時代から食べられていたってほんと? (1/2ページ)

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お祝い膳の定番といえば「赤飯」。そのルーツをたどると、縄文時代末期、中国大陸より日本に伝わってきた「赤米」を蒸したものが始まりです。

当時、赤=邪気をはらう力がある、と信じられていたため、お供え物や凶事の席でふるまわれていました。現在は、小豆で着色された赤飯が一般的ですが、茹でると中心から割けてしまう小豆が「切腹」を連想させることからタブーとされ、色や味が似ていて「神様に捧げる」が語源とされる「ささげ豆」が利用された時代もあったようです。また、今も昔も赤飯の飾りとして添えられている南天の葉には「難を転ずる」という語源もあり、古代より信仰的な意を込めて「特別な日」に食べ続けられてきた赤飯は、神聖なる日本の「ソウルフード」と呼ぶべき食品なのです。

■「赤」のソウルフード

赤飯の元祖は、古代・中国大陸から伝わってきた「赤米」を蒸したもの。当時、赤米は大変貴重だったうえ、赤色には「邪気をはらう力があると信じられてきたため、赤飯は神に捧げるお供え物とされていただけでなく、お葬式などの凶事の席でも「魔除け/厄ばらい」のためにふるまわれていました。

神社の鳥居などに赤(朱色)が多く使われているのは、邪気ばらいや災厄防止のためという説がありますが、現在も還暦を祝う赤い「ちゃんちゃんこ」やお地蔵さんのよだれ掛けなど、赤いものを身につける風習が残っていることから、赤は呪力ある神聖な色として考えられてきたことがわかりますね。

小豆で色付けする赤飯は、江戸時代中期頃に広まったとみられていますが、その頃から赤飯には「難を転ずる」のゴロから、防虫/防腐作用のある南天(なんてん)の葉を飾り、縁起の良い物として慶事の席でもふるまわれるようになったようです。しかし、茹でると中心(胴)から割けてしまう小豆は「切腹」を連想させ、縁起が悪いと武士に敬遠されたため、胴割れせず「神様に捧げる」が語源とされる「ささげ豆」が利用されていた時期もありました。

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